
如意山周遍寺について

当寺は、孝徳天皇の時代白雉二年(六五一年)法道仙人が、この山の北の峰に石に写した妙経一部を納め、経の尾と号し堂中を建立したことに始まるといわれる古刹です。
中世には七堂伽藍を備え、僧房三十余りを数えたという当時有数の名刹として栄えました。
しかし、天正六年(一五七八年)羽柴秀吉軍の中国攻めの際、兵火にかかり伽藍を焼失、長らく荒廃していましたが、延宝九年(一六八一年)地元の庄屋高田六郎右衛門政恒が中心となり再興しました。以降昔日の姿を取り戻し、安永、文化年間には嵯峨御所の信任を得て御祈願所となり近隣に並びなき国家鎮護の霊場となりました。その後焼失、改修を繰り返す中、同山一院の密蔵院や地元の多くの方々の尽力により現在にいたっています。
境内には中央東向きに如意輪観音菩薩を本尊とする本堂や右隣の開山堂、庫裏西側の大師堂や盤座上の鐘堂などが建っており、周囲には稲荷社、金毘羅社等が建ち、四国八十八ヶ所めぐりが整備されています。
また平成二十七年網引町内篤志家により参道(百八の階段)・手洗・四阿・展望所等が竣工され、遠くに明石海峡大橋、淡路島、六甲山等が望め、かつての眺望がよみがえりました。
加西西国三十三か所霊場 二十三番札所

まへはうみ うしろはきよき こずなかわ
そらにかがやく にょいさんのつき
周遍寺概要 | |
---|---|
名称 | 如意山周遍寺 |
所在地 | 加西市網引町 |
宗派 | 高野山真言宗 |
開基 | 法道仙人 白雉二年(六五一年) |
本尊 | 如意輪観世音菩薩 |





